大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和60年(ネ)36号 判決 1985年12月11日

控訴人・附帯被控訴人 加藤守松

被控訴人・附帯控訴人 国

代理人 水野祐一 青山祥男 小久保雅弘 ほか四名

主文

一  本件控訴および附帯控訴をいずれも棄却する。

二  当審における訴訟費用は、控訴および附帯控訴を通じてこれを一〇〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

三  原判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人は、控訴につき「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五五〇五万五〇八〇円及びこれに対する昭和五五年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人は、控訴につき控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき「原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  被控訴人は本件売渡処分の担当公務員の過失を否定するが、国の機関事務を行う愛知県知事としては、いやしくも無効の買収処分により国が所有権を取得できなかつた土地を目的とする売渡処分をすることにより、売渡の相手方に不測の損害を及ぼすことのないように注意すべき義務があるのは当然である。また、買収処分と売渡処分が一応別異の行政処分であつても、それらを通じて一個の不法行為が成立しても決して矛盾ではない。

二  のみならず、本件では不作為による不法行為も成立する。すなわち、本件売渡処分の結果、控訴人は本件土地を有効に取得したと信じ、長時日を経た。被控訴人は、一方でこのような状態を作出しながら、他方で本件売渡処分の前提たる買収処分に重大明白な瑕疵が存することを知り、又は当然に知るべきであつたのであるから、かかる場合、直ちに右瑕疵を補正し、控訴人らに生ずべき多大の損害を回避すべき義務があつたのである。

三  損害賠償の範囲については、国家賠償法四条が民法の規定によることとしているから、当該違法行為と相当因果関係にある全損害および予見し又は予見しうべかりし特別事情による損害をいうことになるところ、控訴人主張の損害はすべてこれに属する。被控訴人は、右損害の範囲を控訴人が本件土地を農地として使用占有したことにより通常出損すべきものに限られるべきだと主張するが、本件土地付近はつとに昭和一五年頃より区画整理事業が実施され、本件売渡処分がなされた当時本件土地付近は宅地化の傾向が顕著で、本件土地も近い将来宅地として利用されるに至ることは自明の状態にあり、少くともそれを予見しうる状態にあつたのであるから、かかる限定は不当である。

(被控訴人の主張)

一  本件買収処分と売渡処分とはそれぞれ別個の行政処分であり、しかもその間に約七年もの距たりがあるのであるから、右両処分を一体視して公務員の過失を論ずることはできない。本件買収処分の際の過失は、仮にそれがあつたとしても、控訴人の損害に対しては間接的であり、相当因果関係がない。従つて、本件売渡処分の際に担当公務員に過失が存したか否かのみが問題であるところ、売渡処分時に、七年も前になされた先行処分の手続に誤りがあつたかどうかを見直す義務などは、そもそも売渡担当者には存在しない。また、仮にそのような義務が存在したとしても、昭和二三、四年当時、愛知県において買収令書の交付にかわる公告がすべて本件買収処分においてとられた形式によつて大量処理されていたこと、そうしてそれが無効だなどという解釈は、当時は裁判例もなければ、別件無効確認等訴訟の差戻前の高裁判決<証拠略>においてすらとられていなかつたのであるから、担当公務員にそれを無効とする判断能力を要求し、その無効原因を発見しえなかつたことをもつて過失であるとすることは出来ないといわなければならない。

二  また、被控訴人に瑕疵補正義務もその違反もなかつたことは、既述(原判決事実摘示「請求原因に対する認否」2参照)のとおりである。従つて、控訴人主張の不作為の不法行為も成立の余地がない。

三  仮に不法行為が成立するとしても、本件売渡処分の制度の趣旨にかんがみ 被控訴人が責任を負う損害賠償の範囲は、本件土地を控訴人があく迄農地として使用収益する場合に通常生ずるものに限定されるべきである。そうすると、売渡対価、売渡登記の抹消登記費用、控訴人が農地として利用するために出捐した肥培管理費用等なら或いは国が責任を負うこともやむを得ない場合もあろうが、別件明渡等訴訟に関する訴訟費用のごときはこれに属さず、控訴人主張の損害は被控訴人の賠償すべき損害には含まれない。

(新たな証拠)<略>

理由

当裁判所もまた、控訴人の請求は、当審において取調べた各証拠を考慮に入れても、なお原判決認容の限度で理由があり、その余は失当と判断するものであつて、その理由は、左に付加する外、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

すなわち、本件の骨子は、訴外小幡新一は本件土地を所有する不在地主であつたところ、昭和二三年、被控訴人国は自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)によりこれを買収したうえ、昭和三〇年これを小作人たる控訴人に売渡したところ、控訴人はやがて同土地を埋立てたうえ、昭和四五年頃右地上に建物を建築して同土地を使用してきたが、前記訴外人より右買収処分無効確認等の訴訟を提起され、その判決により右買収および売渡処分が無効とされて確定したうえ、更に右訴外人より提起された本件土地明渡等の訴訟において、控訴人は右明渡を免れるため金四千万円を投じて和解をせざるをえぬ仕儀となつた、そこで、控訴人としては、被控訴人の委任を受けて右買収・売渡処分を行つた愛知県知事の行為に違法ありとして、被控訴人に対し、右に因る損害の賠償を求めるというものであるので、以下、本件に関する主要な争点について順次判断する。

一  公務員の違法行為の成否について

1  本件における国家賠償法所定の「公務員」は、愛知県知事であるところ、同知事の行つた買収判決が、不在地主に対する買収手続において必要な「買収令書の交付に代わる公告」につき、自創法九条二項の要件を殆んど欠くものとして無効とされ、従つて、これを前提とする本件売渡処分も無効とされたことは、前記のとおりである。

2  右によれば、本件知事の行つた買収および売渡処分が、客観的に違法な行為であることは明らかである。

3  そこで、右違法行為についての、知事の過失の有無を検討する。

まず、右買収処分自体についての過失の成否を考えるに、本件買収処分において行われた公告は、上記のとおり法所定の要件を殆んど欠くという重大且つ明白な瑕疵を帯有するものであるところ、公務員が、とりわけ法令を遵守すべき責務を有することは言うまでもない。

被控訴人は、右買収処分を含むいわゆる農地改革が、戦後の混乱期に超憲法的指示により行われ、ために短期間のうちに大量の事務を実施せねばならず、その結果当時愛知県においても不在地主に対する公告などもすべて本件同様の簡略な方法で行われており、又当時これを違法視する状況も存しなかつたと述べて、担当公務員の過失を否定するところ、確かに当時の状態が多分に右のようなものであつたことは否めないところであり、又本件瑕疵は、実体上のそれではなく、手続上のものではあるけれども、しかし、右のような状況は未だもつて担当者の責任を免れさせるものとまでは認め難いところであつて、公務員のもつ法令遵守義務の高度性を考え、他面本件公告手続に存する欠陥の重大性を考えると、担当公務員としては、かかる杜撰な手続が将来処分無効をもたらすことがあり、ひいては被売渡人らの関係者にも不測の影響を与えうる可能性を当然予測すべきものであり、また公務員としての通常の注意を払えば予測しえたものと解すべく、且つ、そのような結果を回避するために適正妥当な手続を執ることが不可能であつたとは到底解することができないから、前述のような種々の事情を考慮に入れても、なお本件知事には、その責に帰すべき過失が存したとみるべきである。

4  次に、被控訴人は、たとえ買収処分に過失が存したとしても、被売渡人に直接関係をもつ売渡処分は右買収処分とは別個のものであり、且つ本件売渡処分につき担当公務員に過失はなかつた旨主張し、これに対し控訴人は、買収と売渡の各処分は一体とみるべきであり、仮に然らずとしても、本件売渡処分にあたり前記買収処分の瑕疵を是正しなかつた点に過失があると主張する。

なるほど、形式上買収処分と売渡処分は一応別個の処分であり、殊に本件においては前記のとおりその間に約七年の歳月が存するけれども、元来買収処分は、売渡処分を俟つて初めてその所期の目的を達するものというべく、即ち、自創法ないし農地法による小作地の買収は、当該買収によつてことが終えんするものではなく、右各法の所期するとおり、わが国の農業生産力の発展と農村の民主化のため、これを小作人に売渡し、それにより自作農を創設してこそ初めて意味があるのであるから、買収の後何らかの特殊事情のためこれを売渡せないような特別の場合を除き、農地の買収と売渡は、本来これを実質的に一体のものとして把えてこそ、よくその制度の趣旨に適うものというべく、少くとも小作人たる被売渡人との関係において右両処分を一体的に観察することは何ら背理ではない。そうして、右の理は、右各処分の間にたまたま或る程度の期間が存したからといつて左右される筋合のものではない(しかも、本件につき前記のように約七年もの年月が存したのは、もともとは本件においても買収に続き同日付で売渡が行われたのであるが、これに実体上の過誤のあることが後に発見されたため、あらためて昭和三〇年に至り本件売渡処分が行われたからであつて、右の経過に照らすと、本件売渡処分は右先行売渡処分の補完的なものであり、その本質においてはむしろ買収処分に引続き行われたのと同一視すらできるものであつて、いずれにせよ、本件における右期間の存在は何ら前記の判断に消長を来たすものではない。)。

そうして、以上の如く、実質的にみて両者一体のものと評価される以上、そのうちの先行部分に存する過失は、即ち全体に関するものとして後行部分についても過失ありと評価するのが相当であるから、たとえ後行の売渡処分自体には過失がなかつたとしても、買収および売渡なる全一体の処分につき、担当公務員に過失が存したとみるべきものである。

よつて、本件知事に過失なしとする被控訴人の主張は採用することができない。

二  控訴人の被つた損害について

1  本件知事の上記違法行為に因つて控訴人の被つた損害については、国家賠償法四条により、民法の定めるところに従つてこれを決すべきであるから、その範囲は、本件違法行為と相当因果関係にたつ通常損害と、右行為時に予見可能な特別損害の両者である。

そこで、右通常損害について更に考えるに、第一に、右違法行為は農地の買収・売渡について行われたものであり、しかして右両処分は自作農の創設を目的として行われたものであるから、右両処分が違法無効のため通常生じる損害とは、原判決も判示するとおり、被売渡人が当該土地を農地として使用したことに通常伴うものであることを要すると解すべきである(従つて、もし同土地が後に宅地化されたような場合は、右宅地化費用及びその後の出費等は、前記特別損害の要件を充足しない限り、損害とはならない。)。

次に、本件の如く買収・売渡処分が無効となれば、被売渡人は当該土地を返還すべき立場にたつこととなるが、売渡が無効である以上、元来被売渡人は所有権を取得していないこととなるのみならず、自創法ないし農地法の上述のような趣旨からみると、売渡処分なるものは専ら公益的目的において行われるものであつて、被売渡人個人の利益を目的として行われるものではないから、その売渡処分に上記のような瑕疵が存したとしても、私的売買等において瑕疵が存した場合と異なり、国において被売渡人に対し改めて適法な売渡ないし他の物件の提供までをなすべき法的義務は、これを負うものとは解することができない。従つて、このように考えてくると、被売渡人が事実上当該土地を所有地として扱つてきたこと自体の保護を考慮に入れても(尤もこの場合には、その反面として、被控訴人が右土地の使用によつて得てきたであろう利益の点も同時に考慮に入れねばならないであろう。)、売渡無効によつて通常生じる損害として、当該土地の所有権喪失そのものの損害(所有権相当の価額)はもとより、実質的にこれと同一視すべき損害ないし右と関連する出費等は、右通常損害の範囲を超えるものというべく、従つて、右の場合の通常損害とは、原判決も判示するとおり、被売渡人が被売渡土地を自己の所有と信じて出費した費用(信頼費用)、又は、売渡処分が無かりせば通常出費しなかつたであろう費用(過分費用)の範囲内のものと解するのが相当である。

2  以上によれば、本件損害は、被売渡人たる控訴人が所有農地と信じて出費した信頼費用又は農地関係の過分費用と、右以外ではあるが予見可能であつた特別損害の両者と解すべきところ、この見地から本件をみるに、控訴人主張の各損害に対する当裁判所の判断は、さきに引用の原判決のそれと同一であるが、控訴人は、本件土地は本件処分の頃すでに宅地化が自明であり、少くともそれを予見しえたから、右土地の宅地化等の費用(埋立費用、共同住宅兼店舗たる建物の建築費用およびその収去相当費用。なお控訴人は、前記和解において支払つた四千万円は、本件土地の買受代金というよりも、実質的にみて概ね右の合計額であるという。)も、本件損害に含まれるべきだと主張するので判断する。確かに、本件土地を含む付近一帯は、戦時中から戦後にかけて土地区画整理の実施された地域ではあるが、しかし、<証拠略>によれば、昭和二〇年ないし四〇年のころ、本件土地付近には未だ農地も多く、本件土地にしても右の当時は名実共に農地であつたことが認められるのであつて(なお原審鑑定人野崎優の鑑定結果にも、本件土地付近の宅地化が進んだのは昭和四〇年度に入つてからであり、「昭和二〇年~三〇年代は未だ農地の多い農地々域であつた。」とある。)、被控訴人が本件売渡処分時に本件土地の宅地化を予見し又は予見すべきであつたとは未だ認め難いのみならず、そもそも宅地化を予見しながら農地法三六条の売渡をするのは、同条の制度の趣旨からも外れることになるうえ、本件については、既述のように、控訴人は農地法所定の許可を受けずに本件土地を宅地化したものであつて、本件売渡時にこのような事態までを予見できたとする根拠は何らなく、いずれにしても控訴人の本主張は採用することができない。

他方、被控訴人は、前記損害の判断基準に照らすと、別件明渡等訴訟の費用は通常損害の範囲外のものであると主張する。成程、<証拠略>を対比すると、別件明渡等訴訟における控訴人の主張の主なもの(時効取得)は、先行の別件無効確認等訴訟のなかでも、予備的主張の形ではあるがすでに控訴人によつて主張され、しかも判決において排斥されていたものであつたことが認められるから、別件明渡等訴訟において控訴人が弁護士を依頼し、控訴までして争つたからといつて、それを損害のなかに含めるのは、一見通常の相当因果関係の範囲を超えるように見られぬでもない。けれども、<証拠略>から窺うことのできる右別件明渡等訴訟における控訴人主張の基礎となつた具体的事実関係、別件無効確認等訴訟における主たる争点が最高裁の差戻判決までは少くとも行政処分の有効無効にあつたために控訴人の訴訟に関する関心も今一つであり、同訴訟において控訴人の代理人となつた花村弁護士も愛知県から紹介された弁護士であつたこと、その他本件弁論の全趣旨にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると 控訴人が別件明渡等訴訟においてあらためて弁護士を依頼し、自らの主張を再度訴訟において尽くそうとしたことは、なお権利防衛のためやむを得なかつたものと評価できる。従つて、控訴人主張の別件明渡等訴訟の費用も、前認定(原判決引用)の限度で相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

以上の次第であるから、原判決は正当であつて、控訴人の控訴および被控訴人の附帯控訴はいずれも理由がないから棄却し、控訴費用および附帯控訴費用の負担について民訴法九五条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用ないし準用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男 海老澤美廣 笹本淳子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例